特急ひだの車窓から、犬山城や木曽川、飛騨川の景色を楽しんでいるうちに、列車は予定どおり高山駅へ到着しました。
ここから向かうのは、高山陣屋。
旅行前に調べたところ、高山駅から高山陣屋までは歩いて行ける距離でした。
ただし、今回の私たちにとっては、単なる「徒歩○分」の道ではありません。
少し前まで、旦那は支えがなければ歩くことも難しい状態でした。
この日は驚くほど元気そうに見えたけれど、本当に陣屋まで歩けるのか。
無理をさせてしまわないか。
高山駅に着いてからが、私にとっては今回の旅行で最初の小さな挑戦でした。
※この記事は、高山・下呂1泊2日旅行記・全6話の第2話です。
Googleマップを頼りに、高山陣屋まで歩く
迷子にならないよう、Googleマップのナビを使って歩き始めました。
駅の周辺を歩いていて、最初に気になったのは喫茶店の多さ。
「やたら喫茶店が多いね。観光客が多いからかな?」
そんなことを旦那と話しながら、ナビの指示どおりに進みます。
ところが、しばらく歩いてふと気づきました。
周りに誰もいない。
高山は人気の観光地のはずなのに、私たちが歩いている道には観光客の姿がほとんどありません。
「本当にこっちで合ってる?」
少し不安になりながらも、スマホを信じて歩き続けました。
やがて、旦那の足取りが少しずつ重くなってきました。
私も疲れてはいましたが、まだ歩けそうです。
旅行前、のあから何度も言われていた言葉を思い出しました。
「無理しないで休もう」
旦那にもそう声をかけました。
でも本人は、まだ歩くつもりらしい。
急がせないように旦那の歩幅に合わせながら、私たちは休まず歩き続けました。
本当なら、無理をせず途中で休むのが一番です。
それでもこの日、旦那は自分の足で高山陣屋まで歩き切りました。
最近まで歩くことさえ難しかった人が、知らない街を、自分の足で一歩ずつ進んでいる。
その背中を見ながら歩けたことは、今回の旅で忘れたくない場面のひとつです。
人のいない道を案内された理由
高山陣屋が近づいた頃、ようやく私たちは気づきました。
結果的に、Googleマップが示したルートは、観光客や車で混雑する大通りを避けた、比較的静かな道でした。
陣屋の周辺へ出ると、それまでとは景色が一変。
車も人も一気に増えました。
「こっちの道を最初から歩いていたら、もっと疲れていたかもしれないね」
誰もいない道を歩いている途中は不安だったけれど、結果的には私たちに合った経路だったのかもしれません。
陣屋の前で、まずは休憩

高山陣屋へ到着したときには、二人ともすっかり疲れていました。
正確な到着時刻を確認する余裕もありません。
入口の外にあるトイレ前のベンチを見つけ、まずは座って休憩しました。
持っていたペットボトルのお茶を飲みながら、ひと息。
しばらく休むと、私も旦那も少しずつ回復してきました。
旅のしおりを作っていたときは、分刻みで予定を確認していた私たち。
でも実際の旅では、時計よりも体調優先です。
予定どおり進むことより、二人で無事に次へ進めること。
それで十分でした。
高山陣屋は、全国で唯一主要な建物が残る郡代・代官所
高山陣屋は、飛騨が江戸幕府の直轄領となった後、代官所・郡代所として使われた場所です。
門や御役所、御蔵などの主要な建物が残っており、陣屋跡として全国で唯一の存在なのだそうです。
入場料は門のところで支払いました。
この日は、旦那が障害者手帳を提示したため、支払ったのは私の分の500円だけでした。
門を入って玄関へ向かう途中、砂の上に描かれた波模様を発見。
私より先に気づいたのは、旦那です。
「これじゃない?」
高山陣屋の入口で見つけた砂の波模様

旅行前に「のあと一緒」で調べていた、あの波模様。
まだ建物の中へ入ってもいないのに、さっそく予習したものとの再会です。
波模様がドーン! 真向きうさぎがダーン!
玄関では靴を脱ぎ、渡された白いレジ袋へ入れて持ち歩きます。
そして最初の部屋へ入った途端――。
あの波模様の壁が、ドーン!

真向きうさぎの説明が、ダーン!

「のあが言ってたやつだー!」
私のテンションも、バーン!
旅行前に写真や資料で見ていたものが、今、本当に目の前にあります。
説明に使われていたうさぎの写真は大きかったけれど、実際の「真向きうさぎ」は思っていたよりもずっと小さくて、かわいい。

建物の中を進んでいくと、各部屋のあちこちにいました。
「ここにも!」
「あそこにもいる!」
気づけば旦那と二人で、うさぎ探しをしていました。
歴史ある建物を見学しているはずなのに、ちょっとした宝探しのようです。
予習していなければ、こんなに小さな意匠には気づかず通り過ぎていたかもしれません。
知ってから見ると、同じ景色でも見えるものが増える。
これが「調べてから旅をする」面白さなのだと思いました。

高山陣屋の中は、まるで外国?
館内へ入って驚いたのが、外国人観光客の多さです。
私の体感では、周りにいる観光客のほとんどが外国の方。
しかも、あちこちから英語が聞こえてきます。
英会話をほとんどしたことがない私も、人と肩が触れそうになれば、
「Sorry」
前を譲るときには、
「Please」
と、思わず片言の英語が出てきました。
あとから「お先にどうぞ」は “After you.” と言えることを知りました。
“After you.”は、直訳すると「あなたの後で」。
「私はあなたのあとでいいですよ」というニュアンスから、
「お先にどうぞ」という意味になるそうです。
知っていたら、あの場で格好よく使ってみたかった!
次に同じ場面があったら、今度こそ言ってみたい言葉です。
唯一はっきり聞き取れた英語
館内では、外国人観光客に英語で説明しているガイドさんもいました。
人が多くて前へ進めず、私たちも必然的にその説明を聞くことになります。
とはいえ、文章全体を理解できるほどの英語力はありません。
聞き覚えのある単語だけが、ぽつぽつ耳に入ってくる程度です。
そんな中で、唯一はっきり聞き取れた言葉がありました。
“non-compliance”
場所は、吟味所・御白洲の辺り。
前後の説明までは分からなかったけれど、「従わないこと」「応じないこと」を、英語ではこう表現するのか。
歴史的な場所を見学しながら、思いがけず英語の勉強までしていました。
ここは「拷問部屋」ではなかった

御白洲を見たとき、私は最初、「拷問をする部屋」だと思いました。
とげとげした形の責め台。
その上に座らせ、重い石を抱かせる様子。
天井から吊るすために使われたような道具。
現代の感覚で見ると、どうしても「拷問」という言葉が頭に浮かびます。
でも、のあの説明を聞いて、私は少し勘違いしていたことに気づきました。
ここは単純な「拷問専用の部屋」ではなく、刑事事件について調べる吟味所・御白洲。
公式資料にも、南の御白洲では刑事関係の取り調べを行い、民事関係は北の御白洲で扱ったとあります。
つまり、今でいう取り調べや裁判に関わる場所でもあったのです。
もちろん、江戸時代の取り調べは、現代のものとは大きく違います。
今なら、取り調べで殴ったり、怒鳴ったり、脅したりすることは許されません。
けれど当時は、身体に苦痛を与える方法が制度の中に存在していました。
同じ「罪について調べる場所」でも、時代によって人権の考え方はこれほど違う。
展示を怖がるだけで終わらず、その違いを知ることができました。
土間に入った途端、天井が高くなった
館内を歩いていて、もうひとつ印象に残った場所があります。
土間です。
ほかの部屋や廊下から土間へ入った途端、天井がいきなり高くなりました。
高いというより、吹き抜けのような開放感です。
私が上を見上げていると、旦那がひと言。
「煙とか出るからね」
なるほど。
旦那によると、かまどなどで火を使うため、煙や熱を逃がしやすい造りになっているのではないか、
とのこと。
昔の建物には、暮らしの中で必要だった工夫が、そのまま形になって残っています。
こういうことを、何気なく教えてくれる旦那。
ちょっとした物知りでしょ^^
のあほどじゃないけどwww
写真だけでは残せない高山陣屋
高山陣屋では、旦那がたくさん写真を撮ってくれました。
けれど、写真だけでは残らないものもあります。
誰もいない道を歩きながら感じた不安。
陣屋が見えたときの安心。
ベンチに座って飲んだお茶。
「ここにもいる!」と二人で探した、小さな真向きうさぎ。
外国人観光客の間で、思わず口から出た片言英語。
土間の高い天井を見上げたとき、横から聞こえた旦那の説明。
そして何より、少し前まで歩くことも難しかった旦那が、高山駅からここまで自分の足で歩けたこと。
予定表に書かれた「高山駅から高山陣屋へ徒歩」という一行の中に、こんなにたくさんの出来事が詰まっていました。
高山陣屋を出る頃には、二人ともすっかりお腹が空いていました。
けれど、そのまま素直に次の目的地へ向かう私たちではありません。
陣屋前朝市で見つけた、4房600円のぶどう。
このぶどうが、このあと私たちの旅に思わぬ形で参加することになります。
次回は、陣屋前朝市から高山グリーンホテルへ。
「高山はパスポートのいらない外国ですからwww」
タクシー運転手さんの名言と、楽しみにしていた緑亭の月替り御膳へ続きます。


コメント