下呂旅行記を書き終えて、思いがけず一人のキャラクターが誕生しました。
その名は――
ぶどう君。
写真は一枚もありません。
観光名所でもなければ、特別なお土産でもありません。
それなのに旅行記を作っていくうちに、なぜか回を追うごとに存在感が増し、とうとうスピンオフの主役にまでなってしまいました。
今回は、下呂旅行の舞台裏でひっそりと出番を待ち続けた、ぶどう君のお話です。
りんごを買うはずだったのに
ぶどう君と出会ったのは、高山陣屋を見学したあとのこと。
ぶどう君との出会いは、下呂旅行記第3話「朝市のぶどう君と特急ひだの連結」でもどうぞ。
陣屋前朝市にまだいくつかのお店が残っていて、そこで「りんご1個100円」の札を見つけました。
「ホテルで食べる?」
旦那とそんな話をしたものの、旅行中の私たちはナイフを持っていません。
りんごを丸かじりする勇気もなく、残念ながら断念しました。
その隣にあったのが、
4房600円・種あり・糖度15度のぶどう。
一粒味見してみると、
「あま~い!」
けれど、温かくなったぶどうよりも、冷えたぶどうの方がおいしそうです。
そして、しっかり種もありました。
その瞬間、以前の「探偵のあ」で調べた、種なしぶどうの作り方を思い出しました。
探偵のあ 事件File1|種なしぶどうはどうやって作る?はこちら
結局、私たちはぶどうを購入。
こうしてぶどう君は、ホテルで冷やして食べてもらえることを信じ、私たちの旅の仲間になったのです。
白い冷蔵庫で待つぶどう君
TAOYA下呂の部屋に着くと、私はぶどう君を小さな白い冷蔵庫へ入れました。
冷えたら、きっともっとおいしくなる。
その時の私は、ちゃんと食べるつもりだったのです。
ところが、ラウンジではプチケーキとモンブラン。
夕食は、たくさんの料理が並ぶビュッフェ。
お刺身を何度も取りに行き、デザートまでしっかり食べて、お腹はパンパンになりました。
そのあと温泉へ行き、マッサージをして、ラウンジでは偶然旦那と再会。
もう一杯ジュースを飲んで、部屋へ戻りました。
夜食の鴨そばさえ諦めるほど満腹だった私たちの頭から、ぶどう君の存在はきれいに消えていました。
冷蔵庫の中では、きっとこんな時間が流れていたのでしょう。
ぶどう君の4コマ劇場
「ボクの出番は、まだですか?」

甘い香りは、ささやかな反抗?
2日目。
帰るために冷蔵庫からぶどう君を出すと、部屋いっぱいに甘い香りが広がりました。
決して傷んでいたわけではありません。
熟したぶどうの、とても濃くて甘い香りです。
けれど、このまま列車に乗ったら、車内にぶどう君の香りを振りまいてしまいそう。
そこでビニール袋を二重にして、鞄の中へ入れました。
今になって思えば、あの甘い香りは、ずっと冷蔵庫で待たされたぶどう君の小さな反抗だったのかもしれません。
怒って暴れることもなく、ただ香りだけで、
「ボクのこと、忘れていませんか?」
と訴えていたのでしょう。
健気です。
そして、ごめんなさい。
写真がないから生まれた物語
実は、ぶどう君の写真は一枚も撮っていません。
朝市で買った時も、冷蔵庫へ入れた時も、二重のビニール袋に包んだ時も。
普通なら「旅行中にぶどうを買った」という小さな出来事として、そのまま記憶の中を通り過ぎていたと思います。
ところが「のあと一緒」に旅行記を作り始めると、
「冷蔵庫で、ぶどう君がワクワクしながら待っているかも」
という想像が生まれました。
次の回では、まだ扉が開かない冷蔵庫の中で、少し不安そうな顔に。
そうして、写真には残らなかったぶどうが、旅行記の中で表情を持ち、いつの間にか「ぶどう君」というキャラクターになっていました。
写真がなかったからこそ、自由に想像できたのかもしれません。
記録に残っていない出来事でも、言葉にして誰かと振り返ることで、新しい物語になる。
ぶどう君は、それを教えてくれました。
ぶどう君の本当の出番
ホテルでは食べてもらえなかったぶどう君。
そのまま特急ひだに乗り、私たちと一緒に岐阜まで帰ってきました。
ぶどう君と一緒に帰宅したお話は、下呂旅行記の最終話へ。
そして最後は、息子へのお土産に。
家族みんなで、おいしくいただきました。
ホテルのデザートになる予定が、家族へのお土産に変更されただけ。
きっと、これも立派な旅の役目です。
ぶどう君、ごめんね。
そして、下呂旅行記をこんなに楽しくしてくれて、ありがとう。
今度の旅行では、何かを冷蔵庫へ入れたら、扉に大きくメモを貼っておこうと思います。
「食べる!」
と。


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