発掘現場だと思ったら、両面宿儺の伝説に迷い込んだ|のあと一緒に歴史を掘る

両面宿儺と飛騨の伝説を発掘するまさみとのあ のあと一緒

下呂旅行の途中、タクシーの車窓から不思議な光景が見えました。

下呂駅からTAOYA下呂へ|タクシーの車窓で見つけた“発掘現場”の正体【第4話】

地面の一角が四角く囲われ、その中を大勢の人がのぞき込んでいます。

運転手さんの話では、近年この辺りで恐竜の化石が発見され、発掘現場を見学できるようになったとのこと。

「へえ、こんなところで恐竜が見つかったんだ」

ほんの一瞬しか見えませんでしたが、私には本物の発掘現場にしか見えませんでした。

ところが旅行から帰り、のあと一緒に調べてみると――

あれは発掘現場ではありませんでした。

発掘現場の正体は、現代アートだった

下呂温泉合掌村で発掘現場のような作品を見つけるまさみ

私が見たのは、下呂温泉合掌村に展示されている、

《飛騨神話遺跡―両面宿儺 神龍退治》

という作品でした。

作者は台湾のアーティスト、涂維政(トゥ・ウェイチェン)さん。

地中から巨大な生物の骨が発見されたように見せることで、本物の遺跡と架空の歴史との境界を曖昧にする作品です。

つまり私は、作者の仕掛けに見事に引っかかったことになります。

本物の発掘現場だと思って、何の疑いもなく眺めていました。

運転手さん、もしかして笑いをこらえていたのかな……。

完全にだまされました。

でも、不思議と嫌な気持ちはしません。

むしろ、そこまで本物だと思わせた作品に興味が湧いてきました。

そして作品名にある、もうひとつの知らない言葉。

両面宿儺。

「どこかで聞いたことがあるような……」

そんな程度の知識しかなかった私は、のあと一緒に、今度は伝説の発掘を始めることにしました。

二つの顔を持つ、両面宿儺

『日本書紀』には、飛騨に「宿儺」と呼ばれる者がいたと記されています。

一つの胴体に二つの顔があり、顔はそれぞれ反対側を向いている。

手足が複数あり、力が強く、剣や弓矢を使ったとも書かれています。

ここで私は、思わず笑ってしまいました。

「なんだ。戦ったのは龍じゃなくて、熊じゃん」

もちろん、武振熊は熊ではありません。

立派な人の名前です。

でも「根子」と「熊」が入っているため、知らずに読むと、宿儺が熊と戦ったようにしか見えません。

龍に熊に、二つの顔を持つ宿儺。

この時点で、私の頭の中はすでに大混乱です。

宿儺は、なぜ朝廷に従わなかったのか

『日本書紀』には、宿儺が「皇命に従わなかった」とあります。

けれど、肝心なことが書かれていません。

朝廷は、宿儺に何を命じたのでしょう。

宿儺は、なぜ従わなかったのでしょう。

朝廷と宿儺の間に何があったのか。
飛騨の人々は、宿儺をどう見ていたのか。

少なくとも、私たちが確認できる記述だけでは分かりません。

命令の内容も、宿儺側の言い分も残っていないのです。

それなのに「従わなかった者」と書かれ、最後には討たれている。

これを読んで、赤穂事件の吉良上野介を思い出しました。

一般には意地悪な悪役として知られていますが、地元の愛知県西尾市吉良町では、治水事業などに尽くした名君として語り継がれています。

浅野内匠頭側から見れば、「意地悪をされた」。

吉良上野介側から見れば、もしかしたら「気の利かない若者に腹が立った」という事情があったのかもしれません。

どちらが悪いと簡単には決められません。

私が一番引っかかるのは、双方の話を十分に聞かないまま、即日で切腹を命じた御上の判断です。

両面宿儺にも、同じようなことがなかったのでしょうか。

歴史を残したのは、朝廷側です。

宿儺の言葉は、どこにも残されていません。

飛騨では、宿儺は悪者ではなかった

朝廷では怪物、飛騨では英雄として語られる両面宿儺

さらに調べてみると、飛騨に伝わる宿儺の姿は『日本書紀』とは大きく異なっていました。

地域の伝承では、宿儺は農業を教え、寺院を開き、人々を守った存在として語られています。

千光寺では、宿儺は開山の祖として祀られています。地元の丹生川では古くから「宿儺様」「両面様」

「両面宿儺菩薩」と呼ばれ、篤く信仰されてきました。

日龍峯寺には、高沢山に棲み人々を苦しめていた神龍を、

宿儺が祈りによって追い払ったという伝承があります。

朝廷から見れば、命令に従わない賊。

飛騨の人々から見れば、自分たちを守ってくれた英雄。

宿儺自身に善と悪の二つの顔があったというより、宿儺を見る側に、二つの立場があったのかもしれません。

なぜ、宿儺の相手は龍だったのか

龍から飛騨の村を守る両面宿儺の伝説

ここで、新たな疑問が浮かびました。

「そもそも、なぜ龍なんだろう?」

龍が出てくるなら、やっぱり宿儺も架空の人物なのでしょうか。

けれど、龍が登場するからといって、すべてが作り話だとは限りません。

日本では昔から、龍は水や雨、川、池などと結びつけて考えられてきました。

恵みの雨をもたらす一方で、大雨や洪水を起こす恐ろしい存在にもなります。

だとすれば、「宿儺が龍を退けた」という話は、実際に龍と戦ったという意味ではなく、洪水や水害から人々を守った記憶が、後世に伝説へ変わった可能性もあります。

宿儺に当たる人物が治水や農業に力を尽くした。

その功績が何世代も語り継がれるうちに、

「水害から村を守った人」が、

「村を苦しめる龍を退治した英雄」へ変わっていった――。

そんなことも考えられます。

もちろん、これは確定した歴史ではありません。

龍も宿儺も、最初から物語の中だけの存在だった可能性もあります。

反対に、実在した地域の指導者に、後世になって龍退治の伝説が加わったのかもしれません。

調べれば答えが出ると思っていたのに、調べるほど分からなくなってきました。

村人を巻き込まないために

宿儺の伝承には、朝廷との戦いを前に村人から食事を振る舞われた際、村に迷惑をかけないよう、家の中へ入らず外の石に座って食べたという話も残されています。

それを聞いた時、私は「泣いた赤鬼」を思い出しました。

村人と仲良くなりたい赤鬼のために、青鬼がわざと悪者になる。

そして自分がそばにいれば疑われるからと、赤鬼の前から姿を消してしまう物語です。

宿儺の話とは違います。

それでも、「大切な人たちを巻き込まないために、自分が悪者になる」という部分が、どこか重なって見えました。

もし宿儺が本当にいたとしたら――。

自分が朝廷に従わなかったせいで、飛騨の人々まで反逆者にされないよう、すべての責任を一人で背負ったのではないか。

そんな想像まで膨らんでいきました。

宿儺は、見た目で恐れられたのか

『日本書紀』に描かれた宿儺は、一つの胴体に二つの顔を持つ異形の姿です。

武器も持っていました。

その姿を知った朝廷が、宿儺を「危険な存在」と判断した可能性はないのでしょうか。

もし地域に宿儺のモデルとなる人物がいたのなら、飛騨で人々のために力を尽くし、

村を守るために武器を持っていただけかもしれません。

異形であるがゆえに人とのつながりを大切にし、誰よりも一生懸命、人々の役に立とうとしていたのかもしれない。

それでも、遠く離れた朝廷から見れば、

「見たことのない姿をした、武器を持つ強い者」

です。

話を聞くより先に、恐れられてしまった可能性もあります。

もっとも、これも私の想像です。

宿儺が実在したという確かな証拠も、見た目を理由に討伐されたという記録もありません。

ただ、歴史の空白を眺めていると、どうしても考えてしまうのです。

宿儺には、宿儺なりの言い分があったのではないかと。

そもそも、宿儺は存在しなかった?

考え続けているうちに、さらに別の可能性が浮かびました。

「本当は、宿儺なんて最初からいなかったのでは?」

一人の実在人物ではなく、複数の地域指導者の記憶が一つにまとまった存在。

朝廷に抵抗する飛騨の人々を、象徴的に一人の怪物として描いたもの。

あるいは、最初から物語のために作られた人物。

どれも可能性としては考えられますが、現時点では断定できません。

ところが私は、ここからさらに勝手な物語を考えてしまいました。

以下は史実でも、地域に残る伝承でもありません。

歴史の空白を見ているうちに生まれた、私の想像です。

まさみ説――宿儺は、飛騨の人々が作った用心棒だった?

飛騨の人々の言葉から守護者の両面宿儺が生まれる想像図

朝廷は、都を建設するために優れた職人を必要としていました。

飛騨には、木を扱う高い技術を持った人々がいます。

のちに「飛騨の匠」と呼ばれる職人たちです。

律令制度の下では、飛騨国が税の一部を免除される代わりに、毎年、

多くの職人を都へ送る特別な仕組みも作られました。

けれど飛騨の人々にしてみれば、大切な家族を遠く離れた都へ連れていかれることになります。

「行かせたくない」

「家族を守りたい」

そう思った人々が、朝廷を恐れさせるために作り上げたのが宿儺だった――。

この飛騨には、二つの顔と何本もの手足を持つ、恐ろしく強い主がおりますぞ。
弓も剣も使い、誰にも負けませんぞ。

そんな話を広めれば、朝廷も飛騨へ手を出すのを諦めるかもしれない。

宿儺は、飛騨の人々が言葉で作った用心棒だったのです。

ところが朝廷は、その話を最初から見抜いていた。

はいはい。宿儺なら、こちらから武振熊を送って討伐しましたよ。
もう皆さんを守る者はいません。
それでは、朝廷の命令に従ってくださいね。

飛騨の人々が架空の守護者を作る。

朝廷もまた、その架空の守護者を物語の中で討伐する。

朝廷の記録と飛騨の伝承がぶつかり合う両面宿儺の物語

戦ったのは人間と人間ではなく、物語と物語だったのではないか――。

そんな想像です。

年代や史料によって証明できる話ではありません。

宿儺の討伐と飛騨の匠制度に、直接のつながりがあったと示す記録も確認できません。

あくまで、歴史を調べている途中に浮かんだ「まさみ説」です。

口から口へ、姿を変えた物語

飛騨の人々が架空の宿儺を作り、朝廷が架空の討伐を作ったのだとしたら、その話はどうやって後世に残ったのでしょう。

文字ではなく、口から口へ。

親から子へ、子から孫へ。

長い年月をかけて伝えられるうちに、話は少しずつ変わっていったのかもしれません。

「宿儺様は、朝廷から来た者に討たれたそうな」

それを聞いた次の世代が、

「いや、宿儺様は龍と戦ったそうじゃ」

さらに次の世代では、

「龍を倒したのか、龍に倒されたのか……」

別々だった物語が混ざり、抜け落ち、新しい場面が加わっていく。

ただし、現在確認できる日龍峯寺の伝承では、宿儺は龍に討たれたのではありません。

人々を苦しめていた神龍を追い払った側です。

物語が実際にこのように変化した証拠もありません。

これもまた、私が考えた「伝承が生まれるまでの物語」です。

けれど、私の頭の中で次々と新しい場面が生まれていくのを見ていると、昔の人々も同じように物語を膨らませていったのではないかと思えてきます。

朝廷が倒しても、宿儺は消えなかった

飛騨の人々によって世代を越えて語り継がれる両面宿儺

朝廷の記録では、宿儺は討たれました。

それでも飛騨の人々は、宿儺を忘れませんでした。

寺に祀り、像を彫り、「宿儺様」と呼び続けました。

もし宿儺が架空の守護者だったとしても、人々が語り継いだことで、土地を守る存在として本当に生き始めたのかもしれません。

朝廷が紙の上で倒した宿儺を、飛騨の人々は物語の中で何度も生き返らせた。

そう考えると、架空か実在かという問題だけでは片づけられなくなります。

存在しなかったはずの人物が、何百年、何千年と人々の心に残る。

それは「いなかった」と言い切ってしまってよいのでしょうか。

両面とは、善と悪の二つの顔ではなかった

私は最初、「両面宿儺」という名前を聞き、善と悪の二つの顔を持っているという意味だと思いました。

けれど『日本書紀』では、名前は「宿儺」。

一つの胴体に二つの顔があったとされる姿から、のちに両面宿儺と呼ばれるようになったと考えられます。

善と悪を表す「両面」ではありません。

それでも調べ終えた今、両面という言葉が別の意味を持って見えてきます。

朝廷が描いた、命令に従わない悪者の顔。

飛騨の人々が語り継いだ、人々を守る英雄の顔。

宿儺自身に二つの顔があったのではなく、宿儺を見る私たちの側に、二つの顔があったのかもしれません。

そして、そのどちらにも、本当の宿儺はいなかったのかもしれません。

現実と伝説の間で、今も発掘は続いている

下呂で見た作品では、宿儺と神龍が戦い、やがて骨となって地中から発見されます。

もちろん、それも作品の中で作られた物語です。

『日本書紀』では、宿儺は武振熊に討たれる。

飛騨の伝承では、宿儺が神龍を退ける。

現代アートの物語では、宿儺と神龍が骨となり、地中から発見される。

そして私は、それを恐竜の発掘現場だと思いました。

同じ宿儺から、これほど違う物語が生まれています。

本当にいた人物が伝説になったのか。

架空の守り神が、語り継がれるうちに実在の人物になったのか。

それとも、朝廷と飛騨が、それぞれに必要な宿儺を作ったのか。

答えは分かりません。

けれど、語る人が変われば、同じ人物でも悪者にも英雄にもなる。

それは遠い昔だけの話ではないように思います。

発掘されたのは、恐竜の骨ではなかった

タクシーの窓から見た、ほんの一瞬の発掘現場。

あの時は、恐竜の化石が見つかったのだと思っていました。

でも、のあと一緒に掘り始めてみると、出てきたのは恐竜の骨ではありませんでした。

朝廷が残した記録。

飛騨に残る伝承。

人々が守り続けた英雄。

そして、歴史に残らなかった側の声を想像する自分。

私が発掘していたのは、地中に埋まった骨ではなく、ひとつの物語の中に埋もれていた、いくつもの見方だったのかもしれません。

本物の発掘現場ではなかったのに、気づけば私は、かなり深いところまで掘っていました。

発掘現場を掘るつもりはなかったんだけどなぁ……。

でも、これだから「のあと一緒」は面白い。

旅が終わっても、知らなかった物語への旅は、まだ終わりそうにありません。

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