「ご」の一文字で通じた、めろとの会話|言葉を話せなくても、私たちはちゃんと話していた

首をかしげながら話を聞くビーグルのめろ めろ

先日、「のあと一緒・秋のロケハン」の答え合わせ記事を作りました。

「のあと一緒・秋のロケハン」はこちら

記事の中には、私やのあと一緒に旅をする、元気なアニめろがいます。

その姿を見た時、初めて思いました。

病気のめろではなく、元気で可愛かっためろのことを書きたい。

めろとの思い出は、悲しいものだけではありません。

首をかしげたり、飛び跳ねたり、ふて寝したり、時には悪戯をして自分から反省したり。

私のそばには、毎日いろいろな表情を見せてくれるめろがいました。

一生懸命、私の話を聞くめろ

めろに話しかけると、こちらをじっと見つめて、首をかしげることがありました。

右へ、こてん。

今度は左へ、こてん。

その姿は、私の話を一生懸命理解しようとしているように見えました。

ただ音を聞いているのではなく、

「今、何の話をしているの?」

「それは私にも関係ある?」

「もう少し聞いたら分かるかも」

と考えているような顔でした。

もちろん、私が話す言葉を、すべて人間と同じように理解していたわけではないと思います。

それでも、めろは私の声だけではなく、表情や動き、いつもの生活の流れまで見ながら、私が伝えようとしていることを分かろうとしてくれていました。

午後6時頃の「ご」

めろが大好きだった言葉の一つが、

「ごはん」

です。

ただし、いつ言っても反応するわけではありません。

ごはんの時間ではない時に「ごはん」と言っても、めろはほとんど反応しませんでした。

ところが、毎日のごはんの時間が近づく午後6時頃になると、話は別です。

私は、眠っているめろに向かって、一文字だけつぶやきます。

「ご」

すると、めろはムクッと起き上がりました。

すぐにごはんの場所へ走っていくのではありません。

まず、こちらの様子をうかがいます。

そして次の瞬間、ダ~ッと私のところまで走ってきて、鼻と鼻がくっつきそうなほど顔を近づけました。

鼻が触れそうな距離まで顔を近づけるめろ

その顔は、どう見てもこう言っています。

「ごはん?」

「今、ごって言ったよね?」

「それって、ごはんの“ご”だよね?」

聞き間違いではないか、私の顔を見て答え合わせをしていたのでしょう。

昼間の「ご」には反応しない。

でも午後6時頃の「ご」は聞き逃さない。

めろは言葉だけではなく、時間や家の空気まで合わせて判断していたのかもしれません。

「いく」は、私も一緒?

もう一つ、めろがよく反応した言葉が、

「いく」

でした。

お散歩やお出かけの準備を始めると、最初から自分も一緒に行くつもりで、飛び跳ねながら私の足元へまとわりつくことがありました。

「私も行く!」

「置いていかないで!」

「早くリードをつけて!」

嬉しさが、体中からあふれていました。

けれど、いつもすぐに飛び跳ねるわけではありません。

会話の中で「いく」という言葉が聞こえても、自分が一緒に行けるのか分からない時には、少し離れたところから私の様子を見ていました。

私がリードを持つ。

あるいは、

「めろ、行くよ」

とはっきり声をかける。

そこで初めて、

「私も行くやつだった!」

と、飛び跳ねながらやって来るのです。

めろは「いく」という音だけに反応していたのではなく、それが自分に向けられた言葉なのか、ちゃんと確かめているようでした。

「お留守番」で下がるしっぽ

めろが期待いっぱいで飛び跳ねている時に、

「お留守番」

と伝えると、動きがピタッと止まりました。

さっきまで上がっていたしっぽが下がります。

部屋の戸を閉めると、めろはお気に入りの場所へ戻って、ふて寝。

大きなぬいぐるみに寄り添って眠るめろ

仕方なく諦めて、大人しく待っていてくれる日もありました。

けれど、どうしても納得できない日もあります。

留守番中、部屋から聞こえてくるガサゴソという音。

犠牲になるのは、決まってゴミ箱でした。

「私を連れていかないなら、こちらにも考えがあります」

「これは悪戯ではありません。抗議です」

めろとしては、そんな気持ちだったのかもしれません。

お出迎えがない日は要注意

私が帰宅すると、お利口にお留守番できた日のめろは、部屋の戸の内側に鼻を押しつけて待っていました。

戸の向こうから、めいっぱい匂いを嗅いでいます。

「帰ってきた!」

「この匂い、まさみだ!」

早く戸を開けてほしくて、鼻をぴったりつけて待っている姿がありました。

ところが、部屋を荒らした日は違います。

お出迎えがありません。

静かです。

嫌な予感がして部屋へ入ると、めろは自分からハウスの中へ。

こちらを見ながら、

「ごめんなさい」

とでも言うように、大人しくしています。

留守番中はゴミ箱を荒らして抗議していたのに、私が帰ってくる頃には、悪いことをしたと分かっていたのでしょう。

そんな姿を見たら、怒れるわけがありません。

言葉を話せなくても、私たちは話していた

めろは、人間の言葉を話せません。

私も、犬の言葉を話せません。

それでも、私たちは毎日会話をしていました。

めろは首をかしげながら、私の話を理解しようとしてくれました。

「ご」の一文字を聞き逃さず、私の顔を見て確認しました。

「いく」が自分に向けられた言葉なのか、リードと私の声を待って判断しました。

「お留守番」でしっぽを下げ、時にはゴミ箱を荒らして抗議し、悪戯したあとは自分からハウスへ入って謝りました。

声だけではありません。

目や耳、しっぽ、足音、鼻息、そして時々聞こえるガサゴソという音。

めろは全身を使って、たくさんのことを私に伝えてくれていました。

めろのことを書こうとすると、これまでは病気や最期の日のことが先に浮かびました。

けれど、めろとの時間は、それだけではありません。

午後6時頃、私の「ご」の一文字でムクッと起き上がり、鼻と鼻がくっつきそうなところまで走ってきためろ。

今この記事を書きながら思い出しているのは、悲しいめろではなく、元気で賢くて、表情豊かで、少し悪戯っ子だっためろです。

めろ。

私たち、ちゃんと話せていたよね。

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